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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)13号 判決

東京都港区南青山5丁目1番10-1105号

原告

中松義郎

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

麻生渡

同指定代理人

小要昌久

奥村寿一

橘昭成

長澤正夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が昭和57年審判第19578号事件について平成3年11月14日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨の判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和55年8月27日、名称を「部分ライナディスケット」(その後「部分ライナフロッピィディスク」と補正)とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和55年特許願第116982号)をし、昭和57年7月30日、拒絶査定がされたので、同年9月29日、審判の請求をし、昭和57年審判第19578号事件として審理され、平成元年9月20日、出願公告(平成1年特許出願公告第43387号)がされたが、特許異議の申立てがされ、平成3年11月14日、本件特許異議の申立ては理由があるものとするとの決定とともに、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がされ、その謄本は、同年12月25日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

(A)フロッピィディスクのインタライナの繊維のほつれが、少なくとも磁気ヘッド挿入孔および回転軸挿入孔からのはみ出し、即ちヒゲを出さないように、少なくとも磁気ヘッド挿入孔および回転軸挿入孔の孔縁より内側に設け、

(B)且つ前記磁気ヘッド挿入孔と回転軸挿入孔の間にはインタライナを存在させ、

(C)且つ前記磁気ヘッド挿入孔とその近くのフロッピィディスク外縁との間にはインタライナが存在しないという三条件を満たすインタライナをジャケットの内側に設けたことを特徴とする部分ライナフロッピィディスク((A)ないし(C)の符号は適宜付したものである。別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)  昭和50年実用新案登録願第20933号(昭和51年実用新案出願公開第101913号公報)の願書に添付した明細書及び図面を撮影したマイクロフィルム(昭和51年8月19日特許庁発行、以下「引用例」という。別紙図面2参照)には、図面を参酌して、

(a) (磁気ディスクカートリッジにおいて)

1は磁気情報を記録する円形の可撓性磁気デイスク本体で、中央に磁気記録再生装置(図示せず)に駆動軸と結合する結合孔2が設けられ、ディスク本体1は硬質塩化ビニル製の方形カバー3内に回転自在に収納されていること。また、4、5はそれぞれカバー3に形成された駆動軸挿入孔および磁気ヘッド挿入孔であること(明細書2頁14行ないし20行参照)、

(b) 11はディスク本体1の塵埃をクリーニングするセパレートシートで、シート11はケース1(カバー3の誤記)のヘッド挿入窓5より若干大径に形成されたヘッド挿入窓(図示せず)および駆動軸挿入孔12を有し、ケース1(カバー3の誤記)の上下壁6、7に貼着されていること(すなわち、セパレートシート11は、ヘッド挿入孔5の孔縁周辺に存在しないように孔縁より離隔してカバー3の上下壁6、7に貼着されていること)(明細書3頁7行ないし12行参照)、

(c) セパレートシート11は、また、駆動軸挿入孔4の孔縁周辺に存在しないように孔縁より離隔してカバー3の上下壁6、7に貼着されていること(図面第2図参照)、

がそれぞれ開示されている。

(3)  本願発明と引用例記載の考案とを比較検討する。

まず、本願発明の構成(A)について検討すると、前半に記載された「フロッピイディスクのインタライナの繊維のほつれが、少なくとも磁気ヘッド挿入孔及び回転軸挿入孔からのはみ出し、即ちヒゲを出さないように、」という記載は後半に記載された構造にする理由を述べたものであるから、この点については後記第1条件を検討する際に考慮することとし、構造上からみて本願発明は、次の三条件を備えたフロッピィディスクであると認められる。

第1条件:(フロッピィディスクのインタライナを)少なくとも磁気ヘッド挿入孔及び回転軸挿入孔の孔縁より内側に設けること、すなわち、これら孔縁周辺にインタライナが存在しないこと、

第2条件:前記磁気ヘッド挿入孔と回転軸挿入孔との間にはインタライナが存在すること、

第3条件:前記磁気ヘッド挿入孔とその近くのフロッピィディスク外縁との間にはインタライナが存在しないこと、

である。

しかるに、引用例記載の考案の「磁気ディスクカートリッジ」は、本願発明における「フロッピィディスク」に相当しており、同様に、「カバー3」は「ジャケットのシート3」に、「セパレートシート11」は「インタライナ4A」に、「カバー3に形成された磁気ヘッド挿入孔5」は「磁気ヘッド挿入孔6」に、「カバー3に形成された駆動軸挿入孔4」は「回転軸挿入孔5」に、それぞれ相当していることは明らかであるから、本願発明と引用例記載の考案とは、上記第1条件である「(フロッピィディスクのインタライナを)少なくとも磁気ヘッド挿入孔および回転軸挿入孔の孔縁より内側に設ける」点で一致し、次の点で一応相違している。

相違点1: 本願発明では、上記第1条件に係る、「(フロッピィディスクのインタライナを)少なくとも磁気ヘッド挿入孔および回転軸挿入孔の孔縁より内側に設ける」ことの理由(技術的意義)が、フロッピィディスクのインタライナの繊維のほつれが、少なくとも磁気ヘッド挿入孔及び回転軸挿入孔からはみ出さないように、即ちヒゲを出さないようにすることであるのに対して、引用例記載の考案では、その点に関して何も記載されていない点

相違点2:本願発明では、その構成が、上記第1、第2条件に係る「前記磁気ヘッド挿入孔と回転軸挿入孔の間にはインタライナが存在する」が、「前記磁気ヘッド挿入孔とその近くのフロッピィディスク外縁との間にはインタライナが存在しない」点を有しているのに対して、引用例記載の考案では、セパレートシート(インタライナ)の配置に関して明記されていないこと

(4)  そこで上記各相違点について判断する。

まず、相違点1について検討すると、引用例記載の考案における「セパレートシート11」も、その機能はディスク本体1の塵埃をクリーニングすることであり(明細書3頁7行、8行参照)、一般に、この種の磁気ディスクカートリッジにおいて、カバーの内壁に貼着されたクリーニングのためのシートは、その開口切断面で繊維がほつれ易く、これが原因となってエラーなどの欠点が発生することがあるので、これを防止するためには何等かの対策を講じなければならないことは当業者によく知られているところである。例えば、開口切断面の近傍を熱融着すること(昭和51年実用新案登録願第144288号(昭和53年実用新案出願公開第63809号公報)の願書に添付した明細書及び図面を撮影したマイクロフィルム(昭和53年5月30日特許庁発行、以下「周知例」という。)参照)も、その一例である。このようなことから、引用例記載の考案における上記開示事項(b)の「セパレートシート11は、ヘッド挿入孔5の孔縁周辺に存在しないように孔縁より離隔してカバー3の上下壁6、7に貼着されていること」及び上記開示事項(c)の「セパレートシート11は、また、駆動軸挿入孔4の孔縁周辺に存在しないように孔縁より離隔してカバー3の上下壁6、7に貼着されていること」の技術的意義が、セパレートシート11の開口切断面での繊維のほつれに起因するエラーの発生防止のために施されていることは明らかであり、それ以外には考えられない。したがって、例え引用例に上記開示事項(b)、(c)の技術的意義が記載されていないとしても、本願発明と同一の技術的意義を有しているものと認められるので、この点で両者間に格別の差異は認められない。

次に、相違点2について検討する。通常、フロッピィディスク・ジャケットシートの内側に設けるインタライナの配置状態を特定するに際しては、インタライナとしての通常の作用(ディスクの保護・クリーニング)を奏するべく、その配置を設定することになる。そして、上記インタライナの配置における相違は、繊維のはみ出しを防止するために、ヘッド挿入孔及び駆動軸挿入孔の各孔縁からインタライナを離隔して設ける程度の相違に起因して生じるものと認められる。しかも、上記インタライナの配置における相違は、明細書の記載からみて、フロッピィディスクの製造工程上の作用効果としてならともかく、本願発明は「部分ライナフロッピィディスク」すなわち「物」の発明であるから、上記構成をとることにより、格別の作用効果をもたらすものではない。したがって、この相違は、当業者が適宜選択できる範囲内の事項であると認められる。

そして、引用例記載の考案においても、その構成よりみて、カバー3(ジャケット)の各孔縁からヒゲ状の繊維がでることはなく、エラーなどの欠点の発生を防止できることは明白であるので、本願発明の奏する作用効果も格別顕著なものとは認められない。

(5)  したがって、本願発明は、引用例記載の考案に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の本願発明の要旨、本願発明と引用例記載の考案との相違点の認定は認めるが、引用例記載の考案の技術内容の認定、本願発明と引用例記載の考案との一致点の認定及び相違点に対する判断は争う。

審決は、引用例記載の考案の技術内容の認定を誤り、それにより本願発明と引用例記載の考案との一致点の認定及び相違点に対する判断を誤り、もって本願発明の進歩性を誤って否定したものであり、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  取消事由(1)-一致点認定の誤り

審決は、引用例の「11はディスク本体1の塵埃をクリーニングするセパレートシートで、シート11はケース1のヘッド挿入窓5より若干大径に形成されたヘッド挿入窓(図示せず)および駆動軸挿入孔12を有し、ケース1の上下壁6、7に貼着されている。」(3頁7行ないし12行)との記載及び第2図から、引用例記載の考案においては、セパレートシート11は、ヘッド挿入孔5及び駆動軸挿入孔12の孔縁周辺に存在しないように孔縁より離隔してカバー3の上下壁6、7に貼着されていると認定し、もって、本願発明と引用例記載の考案とは、「(フロッピィディスクのインタライナを)少なくとも磁気ヘッド挿入孔及び回転軸挿入孔の孔縁より内側に設ける」点で一致すると認定している。

しかし、引用例の上記記載における「大径」とは大きい半径又は直径を意味するものであるところ、引用例記載の考案のヘッド挿入窓5は第1図に示されているように長孔であるから、「ヘッド挿入窓5より若干大径に形成された」セパレートシート11のヘッド挿入窓とは、別紙参考図のとおりとなり、繊維のほつれを最も恐れるヘッド孔の直線部分とセパレートシートとは同一位置にあり、審決がいうように「離隔」したものではない。したがって、ここから繊維のほつれがはみ出す可能性がある。

また、下記2において主張するとおり、引用例記載の考案においてセパレートシートのヘッド挿入窓等を若干大径に形成したのは、本願発明のようにインタライナの繊維のほつれが磁気ヘッド挿入孔及び回転軸挿入孔からはみ出さないようにする目的によるものではなく、磁気ディスクカートリッジが曲がった場合の対策である。

そして、離隔の程度も「若干大径」というだけで、具体的な程度は不明である。

また、セパレートシートは、「シート」であるからフィルム状のものであり、繊維のほつれというものは生じないが、仮にそれが生じるとした場合でも、離隔の程度は繊維のほつれの長さより短いこともあり得るものである。

以上のように、審決は、引用例記載の技術内容の認定を誤り、本願発明のインタライナの配置形状との相違を看過し、もって本願発明と引用例記載の考案とが「(フロッピィディスクのインタライナを)少なくとも磁気ヘッド挿入孔及び回転軸挿入孔の孔縁より内側に設ける」点で一致すると誤って認定したものである。

(2)  取消事由(2)-相違点1に対する判断の誤り

審決は、引用例記載の考案におけるセパレートシートのヘッド挿入窓等を若干大径に形成したことが本願発明と同一の技術的意義を有していると判断している。

しかし、引用例記載の考案における上記構成は、繊維のほつれ対策を目的とするものではなく、審決の上記判断は誤りである。

引用例記載の考案は、引用例の明細書2頁7行ないし13行に明記されているとおり、可撓性磁気ディスクを収納した磁気ディスクカートリッジの曲げに対する対策に係る考案であり、シート11がカバー3のヘッド挿入窓5より若干大径に形成されたヘッド挿入窓等を有し、カバー3の上下壁6、7に貼着されているのは、カバー3が曲がったとき、シートがずれてヘッド挿入孔や駆動軸挿入孔にシートがずれ込んで孔のエッジに顔を出し、ヘッドや駆動軸が入らなくなるためである。

審決は、繊維のほつれ対策をとることが当業者によく知られていることの根拠として、周知例を挙げているが、周知例記載の考案は、昭和51年10月27日の出願に係るものであるのに対し、引用例記載の考案は昭和50年2月14日の出願に係るものであるから、引用例記載の考案の出願当時、繊維のほつれ対策をとることが周知の技術的事項であるということはできないものである。

審決は、繊維のほつれ対策をとることが周知の技術的事項であることをもって、引用例記載の考案におけるセパレートシートのヘッド挿入窓等を若干大径に構成したことが繊維のほつれ対策のため以外には考えられないとしているが、その判断は根拠がないものである。

したがって、相違点1については本願発明と引用例記載の考案とで格別の差異は認められないとした審決の判断は誤りである。

(3)  取消事由(3)-相違点2に対する判断の誤り

審決は、相違点2に対し、本願発明と引用例記載の考案とのインタライナの配置における相違は、繊維のはみ出しを防止するために、ヘッド挿入孔及び駆動軸挿入孔の各孔縁からインタライナを隔離して設ける程度の相違に起因して生じるものであり、物の発明たる本願発明において相違点2に係る構成をとることにより格別の作用効果をもたらすものではないとして、相違点2は、当業者が適宜選択できる範囲内の事項であると認められると判断する。

しかし、本願発明は、特に磁気ヘッド挿入孔とその近くのフロッピィディスク外縁との間にはインタライナが存在しないとしたことにより顕著な作用効果を奏するものであり、審決の上記判断は誤りである。

すなわち、磁気挿入ヘッドとディスク外縁との間は狭く、この部分にインタライナを設けるとすると、インタライナは細くなり、また、この部分は回転するディスクの外縁部に当たるので、その部分の回転速度が速く、インタライナの繊維がほつれ易くなる。したがって、その狭い部分のインタライナをなくすことはエラーの発生をなくするという顕著な効果があるものである。

審決は、本願発明のこのような顕著な作用効果を看過し、もって相違点2は当業者が適宜選択できる範囲内の事項であると認められると判断したものであり、誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める。

2  同4は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

(1)  取消事由(1)について

原告は、「大径」にすることは「離隔」させることとは異なるとして、本願発明と引用例記載の考案とで、磁気ヘッド挿入孔の外縁のインタライナの配置に差異がある旨主張する。

しかし、一般に“ある形状よりも「大径」”と表現された場合、当該「大径」の形状は、もとの形状を相似的に大きくした形状を想定するのが常識的な考え方であり、もとの形状が単純な円形でない場合には、もとの形状を全体的に外側に大きくした形状を想定するのが常識的である。

そして、引用例に記載されているように、長方形の短辺部分を円弧状とした長孔形状のヘッド挿入窓よりも「大径」という場合、該ヘッド挿入窓の形状を全体的に外側に大きくした長孔形状となるのであって、セパレートシートがケースのヘッド挿入窓より「大径」のヘッド挿入窓を有するということは、セパレートシートは、「ヘッド挿入窓の孔縁周辺に存在しないように孔縁より『離隔』した形状のヘッド挿入窓を有するということになるのであるから、原告の主張は理由がなく、審決の認定に誤りはない。

また、原告は、引用例記載の考案は繊維のほつれ対策を目的としたものでなく、セパレートシートのヘッド挿入窓等を若干大径にした引用例記載の考案においては離隔の程度が繊維のほつれの長さより短いこともあり得るとして、本願発明と引用例記載の考案とで、磁気ヘッド挿入孔等の外縁のインタライナの配置形状に差異がある旨主張する。

しかし、後記2において主張するとおり、引用例記載の考案においてセパレートシートのヘッド挿入窓等を若干大径に形成したのは、繊維のほつれ対策のため以外には考えられないので、原告の主張は理由がない。

なお、磁気ディスクカートリッジのクリーニングシートとして不織布製のものや比較的柔軟な繊維のような材料が用いられることが引用例記載の考案の出願以前から周知であることは、乙第1号証(昭和48年特許出願公告第34162号公報)からも明らかであり、引用例記載の考案のセパレートシートが「シート」と記載されているからといって、それが直ちにフィルム状のものとみることはできない。

以上のことからして、本願発明と引用例記載の考案とでインタライナ(セパレートシート)の配置形状に差異があるとして、審決の一致点認定の誤りを主張する原告の主張は理由がない。

(2)  取消事由(2)について

原告は、引用例記載の考案においてセパレートシートのヘッド挿入孔等を若干大径に形成したのは「曲げに対する対策」のためである旨主張する。

しかし、引用例記載の考案において、セパレートシートはケースの上下壁6、7に貼着されているので、曲げによってケース開口へずれ出すことはない。そして、考えられる理由は、審決が認定しているとおり、開口切断面での繊維のほつれによる悪影響を防止するためであり、それ以外には考えられない。

繊維のほつれ対策の必要性が記載されている周知例が引用例記載の考案の出願前に公知でなかったことは原告主張のとおりであるが、このことから、引用例記載の考案の上記構成が繊維のほつれ対策ではないということはできない。

磁気ディスクカートリッジにおいて、ディスク本体を傷つけることなく、ディスク本体の塵埃をクリーニングするセパレートシートないしインタライナとして、比較的柔軟な繊維のような材料が用いられることが引用例記載の考案の出願前に周知であることは前述のとおりであり、引用例記載の考案のセパレートシートもそのような材料で構成されていると考えられる。

そして、繊維で構成されるセパレートシートに、磁気ディスクカートリッジのケース(ジャケットシート)の孔の形状に対応した孔を形成しようとする場合、繊維であるので、孔の形状の輪郭は明確でなく、また、開孔部に面する部分にほつれが生ずることは避けられないところであるから、磁気ディスクカートリッジのケースの孔縁からセパレートシートの縁部が露出しないようにするためには、引用例に記載されているように、磁気ディスクカートリッジの開孔縁部よりも大径とする必要があることは当業者にとって自明であり、引用例記載の考案における上記構成は、本願発明と同様の繊維のほつれ対策と考えるのが自然である。

したがって、審決が相違点1に対して示した判断に誤りはない。

3  取消事由(3)について

本願発明の出願公告時の明細書及び図面(甲第4号証)の記載をみれば明らかなとおり、本願発明において、インタライナをどこに設け、どこに設けないかは、専ら、インタライナの繊維が孔の縁部からほつれ出すことを防止するために決められている。そして、補正後の本願発明の構成についても、図示されているのみで何の説明もない。したがって、審決が説示したとおり、本願発明においてインタライナのヘッド挿入孔からの離隔の程度は、ほつれ出る繊維の長さを考慮して決められるものであり、この程度め相違によってインタライナの配置の相違が生ずるものである。

このことを磁気ヘッド挿入孔とその近くのフロッピィディスク外縁との間のインタライナの配置についてみれば、その離隔の程度やフロッピィディスク・ジャケットシートの大きさによって、磁気ヘッド挿入孔とその近くのフロッピィディスク外縁との間にインタライナが存在しないようになる場合も存在するようになる場合も生ずるということになるものである。

したがって、インタライナの配置について相違点2に係る相違があったとしても、その相違はほつれ出る繊維の長さからくる相違にすぎず、達成しようとする目的ないし得られる効果についての相違はないのであるから、本願発明は、相違点2に係る構成を採用することにより格別の作用効果をもたらすものではないとした審決の判断に誤りはない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

また、審決の本願発明と引用例記載の考案との相違点の認定については、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決の取消事由について検討する。

1  本願発明について

成立に争いのない甲第5号証(平成2年6月26日付手続補正書)によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることを認めることができる。

(1)  技術的課題(目的)

本願発明は、フロッピィディスクのインタライナに関するものである。

第1図は従来例のジャケットの内面を展開して示したものであり、塩化ビニール等より成る可撓性シートから成り、折目線1を境として二つの正方形が連接した長方形に耳部2A、2Bを付した形状のシート3に、柔らかい不織布等のインタライナ4を被着したのち、ディスクの回転軸孔よりもやや大きい回転軸挿入孔5と、磁気ヘッドコンタクト用長孔6と、ジャケットが折曲げられたときに破損を防止する切欠を形成する孔部7と、ディスクの記録プロテクト用切欠を形成する孔部8と、ディスクのインデックス検出孔9とをインタライナ4と共に打抜き、しかるのち第2図のように折目線1でインタライナを内側として折り込み、各二つの孔部5、6及び9を合致させ、両側の耳部2Aを折り込み、シート外側と熱溶着10Aして四角い封筒状とし、この内に柔軟なディスク11を挿入して収めたのち、耳部2Bを折込みシート外側に熱溶着10Bしてディスクを封入した公知のジャケットを示す。

このディスクを収めたジャケットはコンピュタのディスクドライブに装着して、ディスク11の回転軸挿入孔5に、ドライブのスピンドル軸を挿入してスピンドルハブにより挟持固定したのちディスク11を高速回転させ、長孔6から磁気ヘッドを入れてディスク11面に接して移動させ、情報の書込み、読取りを行う。

シート3に被着されている不織布等の繊維質のインタライナ4は、ディスク11の面が損傷されないように保護するとともに、ディスク11が磁気ヘッドに接して回転することに伴い生ずる磁性体の粉や、外部からの異物などを捕捉し、ディスク面とヘッドの間にこれら異物がはさまり、ドロップアウトやエラーが発生することを防止している。

ところが、このような従来のジャケットでは、なおしばしばエラーが発生しているが、本発明者は、これは前記のようにインタライナを被着したシート3に前記の長孔などを打抜く時に、繊維から成るインタライナ4が充分打抜かれず、そのため第3図に示すようにシート3のヘッドコンタクト用長孔6の縁部などからインタライナ4の繊維12がほつれ出て、第4図に示すようにディスク11とヘッド13の間dに挟まれることによるシグナルロス54.5d/λの発生に起因すること、および回転軸挿入孔5の縁部からほつれ出たインタライナの繊維が、ディスク11を挟持して回転するスピンドルハブに付着し、ディスクとの間に挟まれてディスクが傾斜し、あるいはスピンドルの中心にディスクが保持されないのでヘッドがディスクの規定のトラックを走らずエラーが発生すること、また、ほつれた繊維がスピンドルハブではさまれたディスク部分にストレスを与え、ディスクの破損および使用寿命低下に到るなどによることを発見した。

本願発明は、このようなシート3の孔縁部からの繊維のはみ出し即ちヒゲをなくして、エラーなどの欠点の発生を防止することを技術的課題(目的)とする(平成2年6月26日付手続補正書別紙1頁17行ないし4頁14行)。

(2)  構成

本願発明は、前項の技術的課題(目的)を解決するため、その要旨とする構成(特許請求の範囲記載)を採用した(同補正書別紙1頁5行ないし15行)。

(3)  作用効果

本願発明は、前項の構成を採用したことにより、ジャケットの各孔縁からヒゲ状の繊維が出ないので、前記のごときエラーなど欠点の発生を完全に防止できる。

また、磁気ヘッド挿入孔と回転軸挿入孔の間のBにインタライナが存在するので、その両孔間の狭い部分を連結して補強し、インタライナ全体を図示のごとく1枚の形として打抜いたとき取扱いが容易である。

且つ、磁気ヘッド挿入孔とフロッピィディスク外縁部との間の狭いCにはインタライナが存在しないので、ディスクの記録、再生で常に使用する外周のトラック00にインタライナの繊維のほつれのはみ出しが完全になくなると共に、インタライナの打抜きのときの打抜型からの離脱が容易になるという著効を有するものである(同明細書別紙5頁8行ないし6頁2行)。

2  引用例記載の考案について

原告は、審決の取消事由として、審決の認定した本願発明と引用例記載の考案との一致点認定の誤り及び相違点に対する判断の誤りを主張する。その主張は必ずしも論理的に整理されたものとはいえないが、その基本は、引用例記載の考案においてセパレートシートのヘッド挿入窓等を若干大径に形成することの技術的意義は、本願発明がインタライナをその要旨とする形状に配置することの技術的意義とは異なるというところにあると認められるので、まず、この点について判断する。

成立に争いのない甲第6号証によれば、引用例記載の考案は、その名称を「磁気ディスクカートリッジ」(明細書1頁3行)とする考案に係るものであるが、その実用新案登録請求の範囲には、「円形の可撓性磁気ディスク本体1を回転自在に収納した方形のカバー3の上下壁6、7間に、ディスク本体1を取り巻く筒または棒状の補強部材10を環状に介挿したことを特徴とす磁気ディスクカートリッジ。」(同頁5行ないし9行)と、考案の詳細な説明には、審決認定の(a)及び(b)の記載事項の他、「この考案は方形状カバー内に円形の可撓性磁気ディスク本体を回転自在に収納した磁気ディスクカートリッジに係り、カバーが取り扱い中に折れ曲がって磁気ディスク本体を損傷したり、磁気ディスク本体の円滑な回転に支障をきたしたりすることのない磁気ディスクカートリッジを提供することを目的とする。」(明細書1頁11行ないし17行)、「このような構成によると、カバー3内にディスク本体1を取り囲む補強部材10が環状に配置されているから、カバー3の曲げに対する強度が強化され、カバー3が取り扱い中に折れ曲がってディスク本体1を損傷させたり、カバー3に折れ目や爪跡状の陥没部を生じさせたりすることがなく、上下壁6、7間の間隙は補強部材10によって常に維持され、ディスク本体1の円滑な回転に支障をきたすことが防止できる。」(明細書3頁13行ないし4頁1行)と記載されていることを認めることができ、また、セパレートシートのヘッド挿入窓等を若干大径に形成したことの技術的意義についての記載はないことを認めることができる。

以上認定の引用例の記載事項によれば、引用例記載の考案は、磁気ディスクカートリッジのカバーが折れ曲がって磁気ディスクを損傷することを防止するため、カバーの縁に筒又は棒状の補強部材を介挿してこれを補強する技術に係るものであり、セパレートシートの繊維がほつれてヘッド挿入窓にはみ出して読取りのエラー等の発生を防止することを考案の技術的課題としているものではない。

しかし、このことから、引用例記載の考案においてセパレートシートのヘッド挿入窓等を若干大径に形成したことまでも磁気ディスクカートリッジのカバーが折れ曲がった場合の対策であると当然にはいうことができない。

原告は、引用例記載の考案の技術的課題が磁気ディスクカートリッジの曲げ対策であることから、セパレートシートのヘッド挿入窓等を若干大径に形成したことも、カバーが曲がったときにセパレートシートがずれてヘッド挿入窓にずれ込んでしまうことを防止する目的によるものである旨主張する。

しかし、引用例記載の考案においては、カバーの縁に補強部材を介挿することによりカバーが折れ曲がることを防止しようとしたものであり、カバーが折れ曲がったときの対策としてセパレートシートを実施例に示したような配置にしたとはいえない。

また、原告は、引用例記載の考案のセパレートシートの材質について、「シート」とある以上はフィルム状のものと主張するが、セパレートシートが磁気ディスク本体を衝撃等から保護し、また、塵埃をとるために設けられるものであることは技術常識である。そして、成立に争いのない乙第1号証によっても、昭和48年特許出願公告第34162号公報は、名称を「磁気記録ディスク組立体」(1欄1行)とする発明に係るものであるが、その発明の詳細な説明に、「第1のシート20の内側層24は多孔性で、低摩擦性で、且つ非帯電性の材料より成る。それは(略)繊維でもよい。」(4欄33行ないし38行)と記載されていることが認められ、引用例記載の考案のセパレートシートと同様の機能を果たすシートは繊維でもよいことが示されている。

更に、成立に争いのない甲第7号証によれば、周知例は、名称を「磁気ディスクカートリッジ」(明細書1頁3行)とする考案(昭和51年10月27日出願)に係るものであるが、明細書の考案の詳細な説明に、「クリーニングシートとしては長繊維をからみ合わせた不織布が一般に用いられているため、長期間使用すると、磁気ディスクとの摺接により、特に不織布の長繊維が切断される開口部周辺において、繊維が毛羽立ち、やがて脱落し、この脱落した繊維が磁気ディスクの記録表面に付着して、S/N比の劣化やドロップアウトの増加を来たす欠点があった。そこで、クリーニングシートの開口部周辺に、そのクリーニング効果を損なうことなく繊維の脱落を防止する熱融着部を形成することが提案されている。」(明細書2頁13行ないし3頁4行)と記載されていることが認められ、これによれば、その出願の日である昭和51年10月27日以前から一般に長繊維をからませた不織布が「クリーニングシート」として用いられていたことが明らかとなる。したがって、引用例記載の考案においても、セパレートシートとして繊維が用いられることが予定されているものというべきである。

引用例記載の考案において、セパレートシートは、カバー3の上下壁6、7に貼着されるものであるが、その貼着されたセパレートシートが繊維でできているとすると、柔らかく、またほつれる性質を持つものであるから、回転する磁気ディスクが接触することにより、セパレートシートの縁が歪んでカバーのヘッド挿入窓等にはみ出したり、繊維がほつれてそれがカバーのヘッド挿入窓にはみ出したりするおそれがあることは、当業者にとって自明のことであると認められる。

そして、引用例記載の考案においてセパレートシートのヘッド挿入窓等を大径に形成した理由としては、原告が主張するようにカバーが折れ曲がった場合にもなおかつセパレートシートがヘッド挿入窓等にずれ込まないようにするためであるとみるのではなく、繊維の柔軟さ、ほつれ易さから、セパレートシートの縁又はその繊維のほつれがヘッド挿入窓等にはみ出さないようにするためであるとみるのが相当であると認められる。

なお、原告は、引用例記載の考案は周知例記載の考案の出願日以前の出願に係るものであるから、引用例記載の考案の出願当時、繊維のほつれ対策をとることが周知であったとはいえない旨主張し、もって引用例記載の考案における上記構成が繊維のほつれ対策のためのものではないと主張する。

しかし、周知例で明らかにされたのは、繊維のほつれ対策としてクリーニングシートの開口部周辺に繊維の脱落を防止する熱融着部を形成するという繊維のほつれ対策のための具体的方法であって、繊維がほつれて記録エラー等が起きることが周知例により初めて明らかにされたというものではなく、勿論、周知例にそのような記載はない。したがって、引用例記載の考案の出願が周知例記載の考案の出願の日以前のものであることは、何ら前認定の妨げにはならないというべきである。

3  取消事由(1)について

原告は、引用例記載の考案では、セパレートシートの配置形状及びその離隔の程度について本願発明と異なるにもかかわらず、審決が本願発明と引用例記載の考案とが「(フロッピィディスクのインタライナを)少なくとも磁気へッド挿入孔及び回転軸挿入孔の孔縁より内側に設ける」点で一致すると認定したことの誤りをいう。

原告は、引用例記載の考案のセパレートシートの配置形状につき、「大径」とは円弧に対するものであるとして、長孔のヘッド挿入窓の周辺のセパレートシートの配置形状は別紙参考図のようになり直線部分では離隔されていない旨主張する。

しかし、セパレートシートのヘッド挿入窓等を若干大径に形成することの技術的意義がセパレートシートの繊維の縁又はそのほつれがカバーのヘッド挿入窓等にはみ出さないようにするところにあるとすると、セパレートシートは、カバーのヘッド挿入窓の縁全体につき、それより離隔して配置するのが当然であり、それ以外の選択は考えられず、原告主張のような形状に配置することはその目的に反するものである。そして、その離隔の程度は、離隔する目的からして、はみ出すことが予測されるセパレートシート又はその繊維のほつれの長さより長くすることは当然のことである。

本願発明の特許請求の範囲の記載においても、インタライナは、少なくとも磁気ヘッド挿入孔及び回転軸挿入孔の孔縁より内側に設けるとしか記載されておらず、その内側に設ける程度、形状については何ら限定はないが、これも、本願発明の技術的課題が繊維のほつれが磁気ヘッド挿入孔等にはみ出さないようにするところにあることから、磁気ヘッド挿入孔等の縁全体にわたり、繊維のほつれの長さより長い距離だけ内側に後退して配置するものであることは当業者にとって自明のことである。

以上のことからすると、本願発明と引用例記載の考案とでインタライナ(セパレートシート)の配置形状について格別の差異はないものである。

したがって、審決が本願発明と引用例記載の考案とが「(フロッピィディスクのインタライナを)少なくとも磁気ヘッド挿入孔及び回転軸挿入孔の孔縁より内側に設ける」点で一致すると認定したことに誤りはない。

4  取消事由(2)について

原告は、引用例記載の考案においてセパレートシートのヘッド挿入窓等を若干大径に形成したのは、セパレートシートの繊維のほつれがカバーのヘッド挿入窓等にはみ出すことを防止するためのものではないとして、審決が相違点1に対してした判断の誤りを主張するが、この原告の主張が理由がないことは、前2で説示したところより明らかである。

5  取消事由(3)について

原告は、本願発明においては、磁気ヘッド挿入孔とその近くのフロッピイディスク外縁との間にインタライナが存在しないとした構成により顕著な作用効果を奏するにもかかわらず、審決がこれを否定し、本願発明の相違点2に係る構成は当業者が適宜選択できる範囲内の事項であると判断したことの誤りを主張する。

原告は、磁気ヘッド挿入孔とその近くのフロッピイディスク外縁との間にインタライナが存在しないとした構成を採用した理由として、磁気ヘッド挿入孔とディスク外縁との部分はディスクの回転速度が速く、インタライナの繊維がほつれ易いことを挙げる。

しかし、仮にそうであるとしても、それに対処するためには、インタライナを磁気ヘッド挿入孔の周囲から繊維のほつれの長さのみ離隔して配置すれば必要にして充分であり、その範囲を超えて、磁気ヘッド挿入孔とその近くのフロッピイディスク外縁との間にインタライナを配置しないこととしても、インタライナの繊維のほつれが磁気ヘッド挿入孔にはみ出さないようにするという本願発明の技術的課題の観点からみると、格別意味のあることではない。

なお、前1(3)認定のとおり、本願明細書には、前記構成の作用効果として、インタライナの繊維のほつれが磁気ヘッド挿入孔にはみ出さないことの他、インタライナ打抜きのときの打抜型からの離脱が容易になるという作用効果がある旨記載されているが、それによって打抜型からの離脱が容易になるということは直ちに理解しがたいのみならず、その点は、製造工程上の便宜等を考慮して当業者におい適宜決定することができる設計事項にすぎないものである。

したがって、審決が相違点2に対してした判断に誤りはない。

6  以上のとおり、原告主張の審決の取消事由はいずれも理由がなく、審決に原告主張の違法はない。

第3  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)

別紙図面1

〈省略〉

別紙図面2

〈省略〉

参考図

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